益子町と益子焼



下野の芳賀の郡の益子町  陶ものどころ煙たちのぼる


 益子町は、栃木県の南東部に位置し、県都宇都宮から南東へ20km、南を茨城県岩瀬町に接する県境の町で、面積89.54ku、人口2万5千余人の益子県立自然公園を中心とした豊かな自然、多くの史跡・文化財と伝統工芸品の益子焼を有する田園文化都市です。
土曜・日曜・祝祭日にはS.L.が走り、車窓からは四季折々の田園風景や美しい山並みを楽しむことができます。

 益子焼は、江戸時代末期の嘉永年間、大塚啓三郎が陶土を発見し、農業のかたわら焼物を作ったのが始まりとされています。藩がこれを藩財政を潤す特産品として奨励したこともあり窯元は順調に増え、明治初期には15ほどの窯元が創業するようになりました。この頃は、おもに甕・すり鉢などの日曜雑器を中心に製造していました。

 大正13年に濱田庄司(後、文化勲章・重要無形文化財保持者)が益子に居を構え築窯、民芸運動の実践にとりくみました。益子焼の素朴な味わいを活かし健康で力強い作品を次々と発表するとともに、指導にも力をそそぎました。その影響のもと名工が育ち、各地より多くの俊才が集まり、益子焼の名声は高まりました。昭和40年代の民芸ブームと相まって、益子焼の窯元は飛躍的に増加し、現在はおよそ300ほどの窯元が操業しています。